1997年よりアジア全域で起こった通貨危機により、インドネシアのルピアも大幅に下落した。今年2月政府が発表した公共料金値上げに国民は反発し、インドネシア各地で反対運動が起こり、それが暴動へと拡大した。首都ジャカルタでも学生層を中心に反対運動が起こり、スハルト大統領退陣要求が起こった。
- 正式名称:インドネシア共和国
- 首都:ジャカルタ
- 独立:1945年8月17日 (独立宣言:1949年11月27日、 インドネシアはオランダから法的に独立国となった)
- 憲法:1945年8月。1949年の連邦憲法と1950年の臨時憲法によって廃止された。1959年7月5日復活した。
- 選挙権:17歳以上の国民すべてと、年齢に関わらず結婚している人。
- 行政府:
- 元首および政府の長:大統領:バハルディン・J・ハビビ(1998年5月21日就任)
前大統領 スハルト( Gen. (Ret.) SOEHARTO /1968年3月27日〜1998年5月21日)
- 1998年5月21日、スハルトは大統領を辞任し、ハビビ副大統領が大統領に就任した。
- 1998年3月10日、国民評議会(MPR)は、次期大統領にスハルト大統領を選出し、スハルト大統領の7選が決定した。
- 立法府:一院制
- 下院(Dewan Perwakilan Rakyat または DPR): 最新の選挙は1997年5月29日に行われた。
前回の選挙は1992年6月8日に行われた (次回は1997年)
結果:
| 政党 |
獲得比率 |
| ゴルカル(GOLKAR) |
68% |
| 開発統一党(PPP) |
17% |
| インドネシア民主党(PDI) |
15% |
議席:(全議席500, 425議席が選挙で選ばれ、75議席は大統領が軍部から指名する)
| 政党 |
獲得比率 |
| ゴルカル(GOLKAR) |
282 |
| 開発統一党(PPP) |
62 |
| インドネシア民主党(PDI) |
56 |
- 注:1999年1月28日、政党法、選挙法、国民協議会・国会・地方議会構成法の政治関連三法が国会で成立した。国会は462議席を選挙で、38議席を国軍から選出する。国民協議会は、国会議員500人、地方代表135人、集団代表65人の計700人で構成される。
- 注:大統領は国民協議会 (Majelis Permusyawaratan Rakyat または MPR) によって選ばれる。その内訳は、下院議員500名、大統領によって任命される500名の合計1000名。下院選挙で選ばれる全議席が野党の手に渡ったとしても、国民協議会の過半数を越える575名は、必ずスハルト大統領を選ぶシステムになっている。
- 1997年5月29日、インドネシア総選挙が行われた。有権者は約1億2,470万人。ゴルカル、開発統一党(PPP)、民主党(PDI)の3政党が参加する州ごとの比例代表制。
- 政党およびそのリーダー:
- ゴルカル(GOLKAR/職能グループに基礎をおく半政府系の党):党首 ハルモコ総裁(Lt. Gen. (Ret.) HARMOKO)、副総裁シティ・ルクマナ(スハルト大統領の長女)
- インドネシア民主党 (PDI/旧民族系とキリスト教系の政党の連合): メガワティ・スカルノプトリは党首の座を追われた。
- 闘争民主党 :党首 メガワティ・スカルノプトリ(Megawati SUKARNOPUTRI/スカルノ元大統領の長女)
- 国民信託党 :党首アミン・ライス、会員2800万人を擁するイスラム団体ムハマディアを母体としている
- 国民覚醒党 :イスラム教団体ナフダトゥル・ウラマ(NU)を母体としている
- 開発統一党 (PPP/旧イスラムの党の連合):党首Ismail Hasan METAREUM
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