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イランをバックとしているイスラム教シーア派原理主義者組織。組織名の意味は「神の党」。 レバノン南部で主に活動していたが、首都ベイルートでも勢力を伸ばしている。レバノン国内からイスラエルを排除するために活動している。ヒズボラはレバノン南部で国境沿いに10〜15kmの幅を占領しているイスラエル占領地域に約3000人の民兵を展開している。イスラエル軍と彼らに同盟している南レバノン軍(SLA)に対して、常時攻撃をかけている。 ヒズボラは、レバノン内のイスラエルの占領に対するイスラム抵抗運動を指導していると言われており、南部でのイスラエルの軍事行動に対する報復を行っている。 ヒズボラはイスラエルの占領に対する抵抗によって、レバノンの様々な地域共同体での支持を高め、その存在を認められている。 ヒズボラはレバノン国会にも議席を持ち、貧困層以下の生活をしている約30%のレバノン人の大部分を占めるシーア派の市民の為に福祉のネットワークを作っている。 1995年、ヒズボラは72人のゲリラを失った。 「ヒズボラ」の概要を参照 ■イスラミック・ジハード 1979年にイスラエルの占領地域で生まれたスンニー派秘密組織。ヨルダン川西岸およびガザ地区でイスラエルへの武装抵抗を主張した。 大部分のアラブ諸国の体制を批判し、強くイランの支援を受けている。強い政治的、イデオロギー的な違いにも関わらず、その地域の最も重要な解放運動と考えられているPLOを支持している。 イスラム革命の名のもとで攻撃を行った多くのイスラム原理主義組織に、その名前が与えられている。 ■アマル シリアがバックにいるイスラム教シーア派組織。レバノン国会議長ナビ・ベリが指導者。 レバノン南部のイスラエル占領地域に約2000人の民兵を展開している。 1995年、アマルの戦闘員11名が殺害された。 ■南レバノン軍(SLA) イスラエルが背後で支援している親イスラエル民兵組織。レバノン政府軍に所属していたマロン派の元兵士たちにより結成された。アントニー・ラフド(Antoine Lahd)を司令官としている。約2500人がレバノン南部のイスラエル占領地域に展開している。レバノンは1996年1月に、イスラエルによる占領に協力した罪で彼の逮捕状を発行した。 イスラエルはレバノン南部の国境地帯の幅10〜15kmの細い地域(安全保証地帯)を占領しているが、その地域でSLAは、イスラエル北部へのゲリラの攻撃に対して、その地域に展開している約1500人のイスラエル軍と共同で防衛するのを助けている。 1995年には、SLAの戦闘員33名が殺され87名が負傷した。 イスラエル軍は25名が死亡、99名が負傷した。 イスラエルは、レバノンとの全ての平和交渉の中で、SLAのとその家族の安全保証を要求している。
■シーア派 ■スンニー派 その名前は、スンナ(慣行)からきている。その意味は「予言者(モハメット)の慣行」。 世界中に約7億人の信者がいる正統派のイスラム教宗派である。レバノンではスンニー派の信者は約80万人おり、主に沿岸部の都市に住んでいる。世界のイスラム教徒の約90%がスンニー派である。 イスラム教は予言者モハメッドの正当な後継者をめぐる争いの結果、分裂した。スンニー派は聖職者を頂点とするヒエラルキーではなく、その時の現実的に優勢な政治的勢力が宗教のリーダーシップを決定すると信じている。 ■ドゥルーズ派 レバノンにある幾つかのイスラム教共同体の一つ。 50万人以上の信者がいる。シリアとレバノンにほぼ均等に分れている。イスラエルには約4万人がいる。 ■マロン派キリスト教 マロン派は、カトリックの子孫だが、内戦前はレバノンで単一宗教として最大の信者を持っていた。その時の宗派基盤により組織された伝統的な政治生活で、マロン派は重要な影響力を楽しんだ。 レバノン大統領は憲法によりマロン派から就任する事になっている。他の宗教共同体はこの権力構造に反対し、その信者数に比例しない権力をマロン派に与えていると主張している。 数千人のマロン派の人々が内戦の間に国外へ脱出するか、難民となった。多くは不安定な政治状況によって他国へ移住し続け大部分の政治指導者は亡命した。 マロン派はシリアのレバノン政治への支配と影響に反対している。 Update: April.28 1996 |