
- 正式名称:レバノン共和国
- (英語: Republic of Lebanon /アラビア語: Al Jumhuriyah al Lubnaniyah )
- 政体:共和制
- 首都:ベイルート
- 独立:1943年11月22日(フランス統治の国際連盟委任統治領から)
- 憲法:1926年5月23日, 何度も修正された。
- 法制度:オスマン帝国法、正典、ナポレオン法典、民法の混合。立法行為に対して審判の審判はない。
- 投票権:21歳以上。すべての男性に対しては義務。初等教育を受けた21歳以上の女性に対しては認可。
- 行政府:
- 元首: 大統領 エリアス・ハラウィ(Ilyas HARAWI) (1989年11月24日より)
- 注:慣習により、大統領はマロン派キリスト教徒、首相はスンニー派イスラム教徒、立法府の下院議長はシーア派イスラム教徒である。
- 政府の長: 首相 ラフィク・ハリリ(Rafik El Hariri)(1992年10月22日より)
- 立法府:一院制
- 議長ナビ・ベリ(Nabih Berri)
- 国会:国会 (アラビア語- Majlis Alnuwab、フランス語 - Assemblee Nationale) この20年間で最初のレバノンの立法府選挙は1992年の夏に行われた。国会は、128の議員で構成され、二分の一はキリスト教徒で、二分の一はイスラム教徒に割り当てられた。そしてそれぞれの教徒の中で、イスラム教スンニー派、同シーア派、キリスト教マロン派、ギリシャ正教など計12の宗派に議席が割り当てられている。
| 宗教 |
宗派 |
議席数 |
| イスラム教 |
シーア派 |
30 |
| スンニー派 |
24 |
| ドゥルーズ派 |
8 |
| アラウィー派 |
2 |
| 小計 |
64 |
| キリスト教 |
マロン派 |
34 |
| ギリシャ正教 |
15 |
| ギリシャカトリック |
7 |
| アルメニア正教 |
6 |
| プロテスタント |
1 |
| キリスト教少数派 |
1 |
| 小計 |
64 |
| 合計 |
128 |
- 1996年8月中旬から5週間にわたり、内戦終結後2回目の議会選挙が行われた。
結果:定数128
| 傾向 |
党名(会派名) |
議席数(前回議席数) |
| 親シリア |
ハリリ首相派 |
15 |
| ベリ議長派(アマル) |
22 |
| イスラム教ドゥルーズ派ジュンブラッド会派 |
13 |
| イスラム急進派 |
ヒズボラ |
9(12) |
| スンニー派イスラム協会 |
1(3) |
- 政党:政党活動は主に宗派に沿って組織されている。個々の政治家と宗教、氏族、経済的な関連による支持者で構成される政治グループが多数存在する。
-
- 国旗:3つの水平な帯、緑(上部)、白(二倍の幅)、赤。白地の部分の中心に緑と茶色のレバノン杉がある。
- 軍事費:4億4500万ドル、 GDPの5% (1997年)
注:レバノンは1975年に始まった16年に及ぶ破壊的な内戦の終結以来、政治体制の再建と主権回復の道を歩んでいる。
国民的和解のための青写真となるタイフ合意のもとで、レバノンは、特にイスラム教徒に対して政治上のより大きな発言権を与えることによって、もっと公正な政治システムを確立しようとした。
1990年12月以来、レバノンは3つの内閣を経験し、1992年には20年間で初めての国会議員選挙を行った。
大部分の義勇軍は弱体化するか解散した。レバノン軍 (LAF)は、戦争の間、義勇軍によって使われていた多数の武器を押収し、中央政府の権力は国土の約2分の1に及んだ。
しかし過激シーア派組織ヒズボラは、武器の大部分を保持している。外国の軍隊はレバノンの一部地域をいまだ占領している。
イスラエルは、レバノン南部に軍隊を駐留させ、その隣接する国境線沿いの細長い地域で代理の義勇軍、南レバノン軍 (ASL)を援助し続けている。南レバノン軍 (ASL)の孤立領土は、この自ら宣言したセキュリティゾーンを取り囲み、約20km北には戦略都市Jazzineがある。
1993年12月現在、シリアは約3万から3万5000人の軍隊をレバノンに駐留させている。この軍隊は主にベイルート、北レバノン、ベッカ渓谷に基地をおいている。シリアの配備はレバノン内戦の初期にはアラブ連盟によって、およびタイフ合意によって合法と認められた。いまだ強化されていないレバノン軍、レバノン政府の要望、タイフ合意の国内改革を行うことにレバノン政府が失敗した事を理由に、今ではシリア政府は、ベイルートからの軍隊の撤兵を拒否している。現在の最大の懸案は、ベイルートの復興である。