
- 正式名称:ネパール王国(Kingdom of Nepal)
- 政体: 1991年5月12日現在、議会制民主主義
- 首都: カトマンドゥ
- 行政区分: 14 区域
- 独立: 1768年 ( Prithvi Narayan Shahによって統一された)
- 祝日: 国王の誕生日、 11月28日(1945年)
- 憲法: 1990年11月9日
- 法律制度: ヒンズー教の法概念とイギリスの慣習法に基づく。
- 選挙権:18歳以上の国民
- 行政府
- 政体: 1991年5月12日現在、議会制民主主義
- 元首: 国王ビレンドラ・ビル・ビクラム・シャー・デブ(BIRENDRA Bir Bikram Shah Dev)(1972年1月31日より)
- 政府の長:首相 ギリヤ・プラサド・コイララ(1998年4月18日〜)
- 1995年9月10日、内閣不信任案が可決され、アディカリ首相は辞任し、共産党政権は崩壊した。新首相にはネパール会議派のシェール・バハドゥール・デウパが選ばれた。 1997年10月4日、ネパール会議派が提出したチャンド連立内閣に対する不信任案が可決され、チャンド首相(国民民主党)は辞任を表明した。
- 1997年3月6日、内閣不信任案が可決され、デウパ首相は辞任した。
1997年3月10日、ネパール共産党(統一)、王制支持派の国民民主党の半数、2つの少数政党の4党による連立政権が樹立された。首相には国民民主党幹部ロケンドラ・バハドール・チャンドが選ばれた。下院での与野党の議席差は、1議席。- 立法府: 二院制
- 1997年3月6日、内閣不信任案が可決され、デウパ首相は辞任した。
- 国民評議会:60名からなる。50名は下院による任命。10名は国王の任命。
- 下院:選挙は1994年11月15日に行われた。(次回は1999年5月)
結果: NCP 33%, CPN/UML 31%、 NDP 18%、 Terai Rights Sadbhavana Party 3%、 NWPP 1%
議席 (総議席205)政党名 議席数 ネパール共産党 88 ネパール会議派 83 国民民主党 20 NWPP 4 Terai Rights Sadbhavana Party 3 独立系 7
注:1990年11月9日、新しい憲法によってネパールはこの32年で初めての多数政党制民主主義体制になった。 - 下院:選挙は1994年11月15日に行われた。(次回は1999年5月)
- 政党とその指導者たち
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- ネパール共産党/統一マルクス・レーニン主義 (CPN/UML):党首 マン・モハン・ アディカリ(Man Mohan ADHIKARI)、マダブ・クマール・ネパール(Madhav Kumar NEPAL)
- ネパール会議派(Nepali Congress Party /NCP):
党首 元首相ギリヤ・プラサド・コイララ (Girija Prasad KOIRALA)、
党内反対派のリーダー シェール・バハドゥール・デウパ (Sher Bahadur DEUBA)- 国民民主党 (NDP):タパ(Surya Bahadur THAPA)
- Terai Rights Sadbhavana (Goodwill) Party: Gajendra Narayan SINGH
- 統一人民戦線(United People's Front/UPF): Niranjan Govinda BAIDYA
- ネパール労働者党(Nepal Workers and Peasants Party /NWPP): Narayan Man BIJUKCHHE
- ネパール共産党(Communist Party of Nepal /Democratic-Manandhar): B. B. MANANDHAR
- 国旗: 一部が重なった二つの直角三角形というユニークな形の回りに青色の枠のついた赤地の旗。 小さい方の上の三角形には白い様式化された月があり、下の大きな三角形には白い12の角がある太陽が書かれてある。
- ネパール共産党/統一マルクス・レーニン主義 (CPN/UML):党首 マン・モハン・ アディカリ(Man Mohan ADHIKARI)、マダブ・クマール・ネパール(Madhav Kumar NEPAL)
- 防衛費: 3600万ドル、GDPの1.2% (92/93年)
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