シリア
政治
国連兵力引き離し監視軍
(UNITED NATIONS DISENGAGEMENT OBSERVER FORCE/UNDOF)

自衛隊がゴラン高原に派遣されていますが、その情報はあまり日本に入ってきませんね。自衛隊が派遣されているのが、国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)です。以下は国連のUNDOF資料です。
資料は1994年11月30日のものです。
ゴラン高原の地図


場所:シリアゴラン高原
司令部:ダマスカス(シリア)
期間:1974年6月より現在まで
現在の兵力
国連休戦監視機構(UNTSO)のゴラン監視団の軍事監視団のサポートを含む1,031名
背景
1973年10月6日、中東のスエズ運河とシナイ半島においてエジプトとイスラエルが、ゴラン高原においてシリアとイスラエルの間に再び戦争が勃発した。
10月24日、エジプトとイスラエル間の戦闘が危機的状況に達したとき、国連安保理は、第二次国連緊急軍 (UNEF II)を設立することを決定した。
国連緊急軍は直ちにスエズ運河地域のエジプト軍とイスラエル軍の間に移動し、その状態を安定化させた。
イスラエルとシリアの間の緊張は高いままであった。1974年3月からその状況はますます不安定化した。これに対して国連は外交的な主導権を発揮し始めた。そして、イスラエル軍とシリア軍の間に非武装地帯を設けるという合意文書の締結を見た。その合意文書は分断地域と、その地域の両方にわずかな兵力と武器を持つ二つの等しい地帯を設ける事と、その遂行を監督するための国連監視軍の設立を要求することを規定した。 その合意は1974年5月31日に調印された。
UNDOFの設立
国連安保理は、国連兵力引き離し軍(UNDOF)を設立するという議決350号 (1974年)を可決した。 兵力引き離し合意の中で、UNDOFの使命は、イスラエルとシリアの間の停戦を維持し、イスラエル軍とシリア軍の非軍事化を監視し、分離・制限地域を監視するというものだった。その時以来、安保理はUNDOFの6カ月間の任務期間を定期的に延長している。
UNDOFの活動
先遣隊は1974年6月3日にその地域に到着した。2週間以内に全兵力は当時の指示されたレベルの約1,250名近くになった。
兵力引き離し作戦の終了と分離地域境界線の線引きに続き、UNDOFは、その地域に一連のチェックポイントと監視所を作った。加えて、二つの駐屯地が建設された。一方は分離地帯の東側にもう一つは西側に作られた。分離地帯でUNDOFは24時間体制で監視所での定置任務と、日夜の前もって決められたルートを車や徒歩でパトロールを行っている。一時的な前哨点や追加のパトロールが特別任務として時折行われる。
シリア当局によるプログラムの下、住民は分離地域への帰還を続けた。その地域人口はUNDOF設立時以来2倍になった。シリアは自国の行政責任の遂行のため分離地域に警察を配備した。UNDOFは、これらの進展を考慮し、兵力引き離し合意に基づく監督業務を効果的に行い続けるために、その作戦を調整した。
UNDOF司令部は、上級軍事代表団を通じてイスラエルおよびシリア当局と緊密な連絡を取り合っている。
現場レベルでは、 UNDOF司令官は、各勢力で任命された連絡将校を通じてたがいに連絡を維持している。
UNDOFは境界地域での武器と兵力の査察を2週間ごとに行っている。これらの査察は査察チームに伴う各勢力の連絡将校の協力で行われている。
査察チームの調査結果は二つの勢力に連絡される。
査察は概して関係勢力の協力でスムーズに行われた。ただし両地域とも通常、いくつかの地域でのチームの移動に制限が加えられたが。
1994年11月18日、安保理に提出されたUNDOFの活動に関するもっとも新しいレポートでは、ガリ国連事務総長は、UNDOFは、各勢力の協力でその作戦を効果的に行ってきていると言明した。 イスラエルとシリアの防衛区域は平穏だが、中東問題全体の包括的な解決に達しない限り、中東の状況は潜在的な危険が存在し続け、相変わらずその状況が続きそうだった。 国連事務総長は、その地域における引き続く軍事力の存在は必須であり安保理がUNDOFの任務をもう6カ月延長することを勧告した。
安保理は、1994年11月29日議決962号により、UNDOFの作戦を1995年5月31日まで延長した。そしてその議決を遂行するため関係勢力を召集した。
加えて、イスラエルとシリアの混合休戦委員会に割り当てられたUNTSOのオブザーバーたちはその任務の遂行のためにUNDOFを支援している。
1993年、フィンランド政府はその年の終わりまでに部隊をひきあげることを決定した。ポーランドはフィンランド歩兵大隊に交替することを提案し、安保理も同意した。カナダもまた全ての兵站任務に同意した。
こうして以下のUNDOFの現在のオーストリアおよびポーランドおよびカナダからの兵站部隊が形成されている(1994年11月30日の勢力)。
UNDOFの構成
オーストリア:465名
カナダ: 212名
ポーランド: 354名
合計:1,031名
兵士数はローテーションにより毎月変わる。部隊は歩兵、 兵站部、エンジニア、医療、車両、参謀などを含んでいる。
約80名のUNTSOのオブザーバーは、以前と同様UNDOFを支援している。また約35名の国際的な文民スタッフ、90名の地元採用の文民スタッフがいる。
UNDOFの経費
UNDOFは、UNEF IIの為に作られた特別会計から資金を供給されていた。 1979年7月のUNEF IIの廃止以来、会計は UNDOFの為に残された。 1994年の国連の作戦コストは概算で3220万ドルであった。1994年11月30日、作戦の開始から1994年11月30日までの期間のUNDOの特別会計への未払の寄金は、全部で概算2970万ドルであった。


1994年11月30日の国連PKO資料より